塾に通って分かった大学受験に塾や予備校が必要ない理由

日本では受験=塾や予備校に行くという文化というか、お決まりのパターンがありますよね。

ぼくが高3の頃も例外ではなくて、大学受験には塾が必須だと思い込んでました。

でも、塾に通って分かったことが、塾や予備校は大学受験に必ずしも必要があるというわけではないということです。

なぜ大学受験に塾は必須と思われているのか

大学受験に塾が必須だと思われている理由として一番にあげられるのが、時代の違いです。

昔は良質な参考書も少なく、インターネットもあまり進んでなかった時代なので、予備校や塾が必要な時代でした。

そのため、今でも親の世代の受験の価値観によって受験生は塾に行くことが合格への最短の道と考えられがちです。

しかし今は普通に参考書のみでも十分に合格できますし、もっと言うと、変に塾や予備校に洗脳されると逆に合格から遠のきます。

それはなぜかというと、主体性がなくなってしまって依存マインドが強くなるからですね。

「塾のこの講義受けてれば受かるだろ〜」とか

「この先生が受かるって言うのなら受かるだろ〜」とか

「めっちゃ良い先生に教えてもらってるんだから受かるだろ〜」とか

こういう心を持ってしまった時点でぼくは終わりだと思ってますし、実際終わりです。

大学受験で信じられるのは自分の学力だけで、塾や予備校というものは所詮手段にすぎませんからね〜。塾なんて道具ですよ。道具。

まあなんでもそうなんですけど、基本的に他人の力を借りる時は常にやるのは自分ということを強く思い直す必要がありますね。

人の心は弱いですから、誰かに頼りたくなる気持ちは分からなくもないんですけどね〜。

結局、やるのは自分です。

大学受験に塾が唯一役立つ場面

大学受験に塾は必要ないとぼくは考えてます。

なぜなら、偏差値を上げるために授業は必要ないですし、講習などにかかる手間や費用、精神的かつ金銭的な負担があるからです。

ただそれでも役立つこともあります。

それは、外部の環境と勉強の基本的な内容です。

塾や予備校の外部環境は普通に良い

おそらく塾や予備校に通うことの一番のメリットはこの外部環境ですねー。

塾に行けば、勉強をしているのが普通ですし、なんだかんだで切磋琢磨てきなものもありますから。

ぼくも高3の頃は塾に行けば友達がいて楽しかったです。

逆に自宅浪人をしてる頃は、自宅以外で勉強するための場所がほしいと思ったりもしました。

人間の行動の多くは、無意識的に外部環境で決まることが多い(ほぼ決まる)ので、そういった意味では塾や予備校は良いと思います。

でも普通に考えて、朝昼は家で勉強して夕方からカフェとかマックとか図書館に行けば良い気もするので、必ず必要かと言われると必要ではないでしょうね。

基本的な内容を勉強するなら誰かに聞ける環境がほしい

偏差値50未満の人は、誰かに不明点を聞けることが必須だと思います。

というのも、ぼくは不登校から早稲田に行きましたけど、最初の頃なんて±の計算もできなくて大変でした。

参考書読んでも分からないし・・・、自分で考えても分からないし・・・。

−が2個続くと頭が爆発しそうでした。

意 味 わ か ら ん !みたいな。

このように、あまりにも勉強ができなくて勉強というものを人生でしてきたことがない人は、誰かに質問できる環境があると良いと思います。

まあ、ぼくみたいに高3にもなって今まで勉強したことがない・・・って人はかなり稀なんですが、偏差値50以下の人は誰かに聞ける環境はほしいです。

周りに勉強の内容を聞けるような人がいない場合は、聞ける環境を作るために塾という選択肢は普通にありです。というか、誰かに質問できる環境がないと厳しいです。

でも、偏差値50以上ある人なら参考書と問題集をただやってれば偏差値60は普通に超えるんで必要ないです。

塾が必要ない理由

さて、ここからが本題で、塾は大学受験において必要ないという根拠をバシバシ書いていきます。

ぼくが実際に塾に通って思ったことが、塾は無駄が多いということです。

というか、無駄の塊ような塾もあるますからほんと塾選びには気をつけたほうがいいっていうか、勉強の仕方には気をつけたほうがいいですよ・・・。ほんとに・・・。

授業っていうシステムがそもそもいらない

勉強すべてに関して言えるんですが、そもそも授業いらないでしょってぼくは思うんです。

いやもうすべてにおいてです。大学受験も大学に入ってからの勉強も。

だって、普通に授業でやることって参考書に書いてありますし、それをダラダラ話されても・・・って思いません・・・か・・・?

勉強をする気持ちさえあるのであれば、参考書と問題集+不明点が質問できる環境の2つさえあれば十分すぎます。

さらに、授業の場合は一方的な受け身体勢になりますけど、参考書や問題集なら主体的にやるしかありません。質問する場合も主体的に聞くしかありません。

授業を受けているとどうしても受け身てきな姿勢になってしまいがちなんですよ。

ていうか、ならないわけがないんです。

なぜかって、授業の主導権を握っているのは生徒ではなくて先生だからです。

これは先生が悪いから〜とかではなくて、そうなってしまう授業というシステムが悪です。

昔からの勉強=授業必須という仕組みが有害なわけなんですよ。

授業は確かに受けて聞いていれば、少なくとも何かしらの学びはあります。

でも逆に言えば、最低限の学びは保証されますが、主体的な学びは得られません。

そしてこの受け身的な姿勢で勉強を続けていても、大きな結果はでません。

出るわけがないんです。

何度も言いますけど、主体性がそこにはないからです。

そして主体性をなくさせる環境が自然にできてしまうのが、授業というシステムなんですよ。

夏期講習とか冬期講習って無駄の極みじゃないですか???

ぼくが一番嫌いなのが、この〜〜講習とか、〜〜特訓とかいうやつです。

一般的に塾の収益源の多くはこの〜〜講習に依存してます。

なぜかというと、学校もないので授業時間が増やせるからです。

つまり、この講習で利益を大きくあげるために塾は講習をやります。

巧みなキャッチコピーとマーケティングを使って。

「自分1人で勉強できるの?授業をとれば強制的にできるんだから取りなよ」

「この講習を受けた人の早慶への合格率はなんと50%です!受けるだけで合格に近づきます!」

とかまあこういう文章を使って、講習を売るわけです。

別に講習を売ることで受講する人が大きく学力が伸ばせるなら良いと思うんですが、現実はそうではありません。

何度も言いますが、主体的に勉強をする時に一番学力が上がります

授業は受け身です。受けたところで何も覚えていなければ意味がないわけで、しかも覚えられる内容は参考書に書いてあります。

講習を受ける意味って本当にあるんですか・・・?

それで合格に近づくんですか・・・?

参考書に書いてあることを音読されることに価値を感じますか・・・?

というぼくの意見ですが、合理的に考えても授業を受ける意味はないですよ。

だって何度も言いますけど、やってる内容は参考書に書いてありますから・・・。

勉強ができる場所ならそこらへんにいっぱいある

うちの塾はなんと!!

自習室が!

いつも開放されてます!!!!!!!

という強みなのかすら微妙な強みが塾にはありますが、別に勉強できる場所なら探せばいくらでもありますよ。

図書館、カフェ、マック、電車・・・、と自分が本当に勉強をしたいのであれば勉強ができる空間なんてたくさんあります。

たまに塾じゃないと怠けてしまうって人がいるんですけど、それは外部環境を整える意思がないからです。

外部環境を整えることさえできれば、家でも普通に集中できますからね。

で、家の勉強に飽きたら3〜4時間くらい外で勉強すればいいんじゃないですかね。

なので、塾の自習室がないと勉強ができないって人は根本的に外部の環境について考えなおしてみたほうがいいです。

塾の自習室なんて周りに人はたくさんいるし、締め切った空間だから空気悪いし、なんか窮屈だし、咳うるさいやついるし、ペンで書く音うるさいし、そんな捗るとは思えないっすよ・・・。まあぼくも高3の頃自習室に行って、勉強してる風になってましたけどね。

椅子に長時間座ることは勉強じゃないっすよ。修行でもしたいんですか??笑

って高3の頃のぼくに言いたいです笑。

ちなみに普通にオススメできるのは、店舗によりますが、マックです。マクドナルド〜です。

マックには申し訳ないですけど、100円で長居できますしね。

ただ1つ注意点としては、隣でシャカシャカポテトをシャカシャカされると、腹が減るという・・・。

( ;´Д`)<ハラヘッター

偏差値を上げるために必要なもの一覧

偏差値を上げるために必要なものは意外と少ないです。

それは主体性と勉強ができる環境だけです。

主体性

そもそもなんで受験するんですか?

なんで?なんで?なんで?

本当に必要ですか?

っていう問いに自分の本心から答えられる人は主体性があるんじゃないでしょうか。

ぼくなんかは不登校と定時制の劣等感を追い払うために大学受験を利用しました。

昔は死ぬほど学歴にうえていたので、早稲田でお腹いっぱいになりました。満腹や。

勉強ができる環境

勉強ができるかどうかなんてのは所詮外部環境次第でしかないです。

勉強怠けてしまう!とか、スマホ見ちゃう!とかいろいろあると思うんですけど、そんなの環境さえ整えればすべて解決できますよ。

部屋に勉強道具だけ置いて、自分の目標を邪魔する物を全部捨てちゃえばいいじゃないですか。捨てられないのなら、所詮その程度の願望ってことです。

ただ、偏差値が低すぎて勉強ができない人なんかは学校やら塾やらで勉強の内容を質問できる環境があると望ましいですね。

でもあくまで勉強するのは自分なんで、質問ができても魔法のように偏差値が伸びることはないですけどね。

まとめ

大学受験なんてのは単純に考えると、目標を見据えて勉強を継続するだけです。ほんとこれだけです。

塾とか予備校なんてなくても、不自由することはそこまでありませんし、むしろ変に洗脳されるほうが有害だとぼくは思います。

この記事を読んでる人には塾に洗脳されず、塾に通うのであれば上手に利用してほしいなと思います。

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