ぼくが不登校を脱して社会復帰できた理由

ぼくがいじめられて中学2年生から不登校になったお話
上の記事でも触れてはいるんですけど、ぼくは中学2年生の時にいじめがキッカケで不登校になりました。 不登校になってからは、日々ネトゲに明け暮れて、寝るのは朝の5時で起きるのが昼の2時。こんな生活をひたすら繰り返して生きてました。 ...

上の記事にも書いてますが、ぼくは昔いじめが原因で不登校になりました。

でも、今は健全に大学生していて、なんとか不登校の過去を乗り越えることができたので、多少なりとも不登校で悩む人の参考になれば!と思ってこの記事を書いていきます!

元不登校のぼくが不登校をやめれた理由

1.外部の人のおかげ

外部の人、特に先生や不登校カウンセラーの人との出会いは大きかったですね。

もし外部と全く関わりがなくて親とだけしか話してなかったら、きっと定時制の高校すら行ってなかったと思います。

家族ってやっぱり家族なんで、なんていうかこう強制力が低いんですよね。

だから、親から「高校に行け!東大に行け!」とか言われても子供からしたら「は?シネ!」としか思わないわけです。

子供からすると、その先の未来なんて見えないし、そんなこと考えてないんですよね。むしろ今さえ楽しければ良いぜって思考が子供特有の考え方だと思います。

なので、よく分からないけれど先生とかが無理矢理高校に行かせてくれたのが今は良かったなと考えてます。

まあ結果論なのだけれど・・・。

2.親のおかげ

不登校の時に、もし親が「おいテメエ!PCなんてしてんじゃねえ!学校行けこんにゃろ!」とか言ってきていたら、たぶんぼくは親が大嫌いになっていたと思います。

でも、ぼくの親は全くそうじゃなくて、ぼくが学校に行かずにひたすらPCを見てニヤニヤしていても見守ってくれて普通に接してくれたんですよ。

たぶん親がこういうふうに接してくれなかったら今のぼくはないと思います。

3.外に出るしかなかったから

中学2年から3年の時に、ずーっとゲームをしていたぼくですけど、やはり高校受験というものがあって、なんだかんだで合格したので外にいく環境が無理矢理整いました。外に出る目的ができた感じ。

無理矢理にでも外にでる目的ができると、自然と外にでるようになりました。

もちろん、未だにその頃はゲームに没頭中だったので、ゲームをめちゃくちゃしながらだったんですけど、最低限は外に出るようになった感じですね。

特にその頃はなんも考えていなかったのだけれど、環境が整うと人間なんだかんだで動けるんだなと思いました。

よく自己啓発本みたいなものにも、自分を変えるには環境を変えようぜ!って書いてあるのでわりと正しいと思います。

今思うと、無理矢理外に出る目的があったから不登校を脱せた

中学3年から高校1年になる時に、外に多少なり出るようになったのは間違いなく高校があるからでした。

たぶん人間って何かしらの課題が与えられると、ある程度は果たそうと自然に努力する生き物なんじゃないかなって思います。

だって、ネトゲ大好きでネトゲしたくてしたくて震えるようなぼくですら、”高校に行く”という課題が与えられたから、それを出来る限り達成するべく外に出始めたわけですからね。

不登校の子供を持つ親御さんへ

おそらくこの記事を読んでる人は、不登校の子供を持つ親の方、単純になんとなく読んだって人の2パターンだと思います。

で、不登校の子供を持つ親の人にぼくから少しだけアドバイス(なぜか上から)を書いておきます。

それは、長い目で見て(大事)、不登校の子供が多少なり外にでるキッカケを作ってあげることです。

特に重要なのが、長い目で見ること。

子供は少しずつしか変われません。むしろ大人でさえ少しずつしか変われません。

親は不登校の子供の少しの変化にでも気付いてあげて、キッカケを提供しながら待ってあげることです。本当にそれが一番大事。

ぼくが定時制の高校行って、ネトゲをやめる時もほんとに少しずつネトゲから離れていきました。

それから、とりあえず美容師になりたいから専門学校行こうかな、やっぱりバカな自分が嫌だから大学受験しようかな、みたいに少しずつ変わっていきました。

ぼくの例ではなくて、一気に変わる人もいるかもしれませんが、多くの人は少しずつ変わります。

だからこそ、親はその少しの変化を見つけてあげて、常にキッカケを提供してあげられれば不登校だった子供もいつか変わってくれます!

特に高校に行けていない子供を持つ場合なんかは、キッカケ作りとして、通信制高校とかも考えてみるのがいいですよ。

やっぱり自力で高卒認定取るのはモチベーション的に厳しいですからね。

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