なぜ自由な身分の大学生が大学をやめたり休学するのか

大学生って自由ですよね。

授業なんて午前中に詰めてしまえば、平日の5日間の12時くらいで本当にやらないといけないことは終了です。小学、中学、高校の頃と比べると楽すぎて笑っちゃいます。しかも課題なんて大して時間もかからないし、それくらい大学はゆるい。

それなのに、なぜ大学生は留年したり休学したり大学をやめたりするんだろう?

側からみたらすっごい楽で自由すぎるくらい自由で遊び放題なのに、大学で病んでいく人はたくさんいます。

さあ、なぜでしょう?

それは意外とみんな分かっていないのだけれど、

実は誰もが意識が高いから

大学の何も生み出せない非生産的な時間がみんな嫌い

大学生は口を揃えて言います。

「授業だりい」「今日さぼるわ」この手のセリフの裏には、大学なんて行っても意味がないという言葉が隠れてます。みんな勉強が嫌いなわけじゃないんです。むしろ受験勉強みたいに頑張ることで自分がより高みのステージへといけるようなことは絶対に好き。

だけれど、大学の授業はいくら真面目に出たところで自分にメリットがないということにみんな気付いてます。いくら出たところで誰かから評価されるわけでもないし、自分に圧倒的なスキルが身につくわけでもない。大学の成績なんてあってないようなもんです。

大学は単位を取って卒業すればとりあえず学歴はもらえるけれど、毎日の大学の授業に意味を感じないから大学生は大学に行かなくわけですね。

だから大学で病んでしまう人ほど、思い描いてた理想と現実のギャップがひどいんです。

ぼくも受験勉強頑張って早稲田には入れた時はどれくらい素晴らしい世界が待っているのだろう!と希望に満ちてましたけど、別にそこにはすごい世界が待っているわけではありませんでした。

むしろ、夢のない場所だなとさえ思った。

とりあえず早稲田の学生だよっていう身分の保証のみで、その他に大学が与えてくれるものはない。この大学だからこれが得られるんだ!というものはありません。強いて言えば学歴くらいですね。

実際に大学に入ってしまうと、学歴に魅力は感じなくなりますし、もう大学に対して魅力も行く意味も感じなくなってくるから大学生は大学に行かなくなるというわけです。

このお話から分かるように、みんな無意味な時間を嫌ってるんです。

無意味な時間ばかり過ごしているから、どんどん自分に対する嫌悪感と将来への不安ばかり増していって、やがて大学に行かなくなります。

どんだけ表ではクズを気取っていてもみんな本心は、何もできていない自分が嫌でなんとかしたいのだけれど、結局何もできないという現実につぶされていくのみ。

確かに大学は非生産的な場所だけれど、生産的な場所ってなかなかない件について

学校って自分を守る、いわゆる、自分の防御力を上げる場所です。

毎日通うことで自分に何か圧倒的なものが得られるというよりかは、特別に得られるものはないけれど、学歴ってものが自分を守ってくれます。そしてそれを手に入れるために学校に行く。

だから学校は価値があります。ぶっちゃけ何もしなくてもある程度の守りは強化されるから。

で、やっぱり守ってるだけだと人間、進んでる気がしないので憂鬱になるわけですけど、学校以外で何か生産的に成長する環境って意外とないし難しい。

「大学やめたい・・・。」

「じゃあなにするの?」

「え、えっと・・・えっと・・・エット・・・。」

こうなってしまう人は学校をやめないほうがいい。

絶対にこれをおれはやるんだ!っていう絶対的にやりたいものがない限りは、どうせ学校をやめても何も変わりません。問題があるのは学校じゃなくて自分自身だから。

学校、大学が無意味だと感じる人はまずその時間以外で何かをしてみて本気に自分がなれてから、やめるかやめないのかを選択をしたほうがいいよ!何もやることがない状態でやめても残るのは後悔だけ!

結局、圧倒的ななにかコレ!ってものが自分にない限りは学校は行ったほうがいい。

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